会津男山が再生するまで
STORY
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酒蔵を、
取り壊すかもしれない。その話をいとこから伝え聞いた瞬間、遠い夏の日の記憶が蘇ってきた。母の実家は会津で150年以上続く酒蔵。里帰りするたび、広い蔵の中を駆け回ったり、かくれんぼをしたり、祖父と夕涼みをしたり…。思い出の詰まった酒蔵が消えようとしていた。やりがいのある仕事、愛する家族に恵まれて、不自由なく暮らしてきた小林の心は、その日を境に大きく揺さぶられていく。
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自分がなんとかしなければ。
1865年創業の男山酒造店は、最盛期には年間36万リットルの日本酒を生産していた老舗の酒蔵。しかし日本酒の需要低下と合わせるように、出荷量も減り、1998年に杜氏の体調不良を機に生産は休止した。それから10数年。突然もたらされた廃業の話。素人が、しかも会津から離れて暮らす者が、簡単に口を出せる話ではないことは分かっていた。それでも蔵への思いは日に日に高まり、小林は決意する。
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会津男山を、
夢を、再生する。蔵を継ぐ。酒づくりを継ぐ。150年の歴史を継ぐ。愛飲いただいてきたファンを継ぐ。素人がどこまでできるかはわからない。でも蔵への愛情はだれにも負けない。妻ととことん話し合い、家族や親族たちを説得し続けて1年。再生への第一歩を踏み出すことになった。それは酒蔵の再生であると同時に、幼い頃に蔵人を見て漠然と抱いていた「いつかは自分も酒をつくってみたい」という夢の再生でもあった。
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敵に“酒”を送る。
会津の酒蔵のご厚意で始まった修行は昼夜を問わず続く文字通り“酒(づくり)漬け”の日々。修行しながら県の清酒アカデミーにも入校し、会得した技術を徹底的に磨き抜いた。わからないことだらけで、どんな小さなことも書き留めたノートは何冊にも及んだ。そんな修行の中で感じたのは、会津の包み込むようなやさしさ。よそ者でも分け隔てなく変わらずに接してくれる人々。素人相手に、やがてライバルになるかもしれない人間に、酒づくりの技術や知識を隠すことなく丁寧に教えてくれる蔵人たち。厳しい自然環境とは正反対のあたたかな会津気質に幾度となく支えられ、2020年、蔵は20年の時を経て再生する。